《MUMEI》

確か、火柄 菜月(ホツカ ナツキ)と言う名だ。
あまり人付き合いが得意ではないので、7月にもなるのに、まだうろ覚えなのだった。
「ああ、うん。病院行った。骨折かもって。あー、……火柄、さん?」
「ん? なぁに?」
彼女はニコニコしている。
何処となく嬉しそうで、その訳も何と無くだが察することが出来、俺は複雑な想いを抱く。
彼女から逃げるように目線を下げた。
視界には、体育館の床の木目が広がる。
「いや、その、な。アレだ、うん。……ピアノ巧い奴、知らないか? あっ、勿論この学校、中等部で」
床に向かい必死になって語り掛けている己の姿はとてつもなく滑稽に映っていることだろう。
紗夜がいたなら、絶対にMっぽいと笑われていると断言すら出来る。
いつにもまして挙動不審だとは自分でも思うが、先程の事故が尾を引いているのなら仕方ないと諦めた。
此処は挙動不審な奴を貫き通そうと変な誓いを立てる。
「うーん、ピアノ? 私はあんま詳しくないんだよねー。……でも、タカちゃんは詳しいよ! ほら、吹奏楽部だからさ。聞いてみよっか?」
「タカちゃ、ん? 吹奏楽部……ああ、アレか。喬路な。おう、お願い出来るか?」

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