《MUMEI》

焦げくさい臭いが充満した車内でユウゴは顔を上げた。
内部からでもわかるほど車の外装はボロボロに変形してしまっている。
それでもまだかろうじて走り続けていた。
「おい、大丈夫か?」
ユウゴは言って隙間から起き上がり、座席に座る。
その声にケンイチが振り返る。
彼は両目に涙を溜めていた。
「どうした?」
ユウゴが聞くと、ケンイチは無言のまま口を開け、舌を出した。
どうやら再び舌を噛んでしまったらしい。
ユウゴは呆れながら「なんで歯を食いしばらなかったんだよ。わかるだろ、普通」とケンイチに言う。
ケンイチは何か言い返したそうな顔をしていたが、痛みでそれどころではないのだろう。
そのまま大人しく前方へと向き直った。
「織田は怪我してないか?」
「ああ、大丈夫だ。しかし、この車はそろそろ限界のようだな」
いつもと変わらぬ冷静な口調で答えた織田に同意でもするかのようにエンジンが異音をさせはじめた。
「だな。どっかで乗り捨てるしかないな」
言いながらユウゴは後ろを振り返った。
誰も追って来てはいないようだ。
しかし、後ろについた車の運転者か怪訝そうな顔でこちらを見つめていた。

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