《MUMEI》 . 小田桐さんは、まず男のひとの顔を見てから、その近くでぼんやりしているわたしに目を向けた。 わたしの姿に気づくと、彼女は少し、驚いたようだ。 「中塚さん?」 こんなところでなにしてるの?という言葉を添える。 わたしが、どう答えていいのか思いあぐねていると、彼が、先に、言った。 「美濃、この子と知り合い?」 ごく平然と、ファーストネームで彼女を呼んだことが、気になった。 小田桐さんは名前で呼ばれることに慣れているのか、彼を見返し、頷く。 「クラスメイト。転校生なの」 簡単な言葉で答えてから、彼女は再び、わたしを見遣る。 「今日は、松下さん達と校内見学するんじゃなかったっけ?教室で騒いでたじゃない」 そう言われて、わたしは返事に困った。まさか、逃げ出したなんて言えない…。 考え抜いたあげく、みんなとはぐれてしまったのだ、と嘘をついた。 わたしの返事に、小田桐さんは納得したのかしていないのか、ふぅん…と曖昧に頷き、それから、彼を見た。 「じゃ、わたし、帰るね。中塚さん、教室まで連れて行かなきゃいけないし」 ごくフツーの言い方で、彼女は言った。 . 前へ |次へ |
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