《MUMEI》

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小田桐さんの言葉に、彼は素直に頷く。


「それじゃ、またね」


そう言い残して立ち去ろうとする。



−−−行ってしまう……。


名前も知らないのに。



そう思うと、残念な気持ちでいっぱいになった。


小田桐さんは、小さくなっていく彼の広い背中に向かって、忙しくてもちゃんと学校来なさいよ、と小言を投げかける。その言い方は、まるで息子に愚痴を言う、母親のようだった。


それが、彼らの、目に見えない繋がりの深さを思わせるようで、わたしの胸はざわめく。


彼女の小言に対して彼は、肩越しに振り返り、なにも答えず、ただ小田桐さんにフワッと笑ってみせた。



−−−それは、


わたしに向けられたものではなかったけれど、


その、不意打ちの、キレイな笑顔が、


わたしの網膜に、焼き付いて離れなかった。





きっと、この瞬間、


わたしは、この男のひとに、





一目惚れ、してしまったのだと、思う。





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