《MUMEI》
孤高
槙島先生は辞表を出し、安西は来週に引っ越すらしい。

七生も来週には日本にいないようだ。
俺はと言えば、この受験で忙しい時期に入院だ。

胃腸炎だという、
晩御飯を食べていたら吐いてしまってそのまま意識が飛んで目覚めたら病院のベッドの上だった。
点滴が御飯のような生活になっていて、左手の内側は斑模様になっている。


「自己管理、出来てない……。」

第一声のパンチが効いているのも乙矢らしい。


「病人だぞ、もっと労りなさいよ。」


「手土産、白桃のジュレな。冷蔵庫に入れとく。」

そういうとこは抜かりないのも乙矢らしい……。


「退院は?」


「うん、今週中には。忙しいのに有難うね。」


「俺、もう推薦でほぼ受かったようなものだし。」


「嫌味か?」


「自慢だ。」

ご機嫌に言われると返しにくい。
本性のSっ気が出てる。


「……おめでと」

祝福の言葉くらい投げかけとくか。


「うん、有難う。」

満足げに乙矢は微笑んだ。


「早く退院しなきゃな……勉強あるし。」


「そうだ、プリント類持ってきたから。わからないとこあったら答えるけど。」

乙矢がいれば心強い。


「ごめんな?心配かけて。」

気後れして、下げた頭を乙矢が揺すった。


「いいから早く治せ。風邪と胃腸炎併発したんだろ、マスクは買ってるか?」

マスクは受験生の必需品だ、乙矢も勿論マスク着用でやってきた。


「あい。」

棚に上がっている、マスクを指した。


「良い心掛けじゃ。」

殿様か……。


「ふぅ、落ち着く……」

乙矢の腕に寄り掛かる。
指先はひんやりしてた。
……あいつは全部あったかいんだよな。


「そうそう、冨岡が心配していた。」


「冨岡、ああ。そっかあ、いい子だな。」

修学旅行で冨岡には色々迷惑掛けたな。
三年生になってからは、ぐんと大人っぽくなった。
綺麗な女性という印象だ。


「多分、まだ二郎のこと忘れていないな。」


「え。冨岡のこと……」

乙矢にはお見通しだった。


「卒業前に冨岡と話してみれば?」


「あはは、そんな……冨岡とは無理だよ。」

そんな図々しいこと出来ない。


「……あのさ、普通の恋愛を知った方がいいよ。」


「普通だよ。」


「悲恋じゃない?俺は、可愛い女の子と可愛い恋愛して欲しい。」

乙矢の言葉は今の俺には現実感がない。


「優しいね……」

乙矢みたいに器用だったらいいのに、と思う。
最近、上手に生きれない。


「俺の中で、二郎は思い出なの、思い出って大切にするものだろ?」

難しいな……その返し。


「その気持ちだけで十分だよ。俺も強くなるから、決めたんだ。」

甘えるのはもういい。

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