《MUMEI》

.


わたしは、彼女の目を見返して、ゆっくり瞬いた。



………『傷つく』?


それって−−−。



「どういう意味?」


ポロッと、尋ねた。わたしの中で生まれたその言葉が、自然に、口から出た。

小田桐さんはいまだ厳しい目を向けて、わたしに、こう言った。


「そのままの意味よ。中塚さんとソウは『生きる世界』が違うの。最初は新鮮に感じるかもしれないけど、後々つらくなって、後悔することになるわ」


わたしには、彼女が言った意味が、よくわからなかった。

その表情を察したのか、彼女は、興味本位ならやめておきなさい、と唄うように言うと、教室の中へと消えていった。



冷え切った廊下にひとり、残されたわたしは、


彼女の台詞を、胸の中で、何度も反芻していた。



−−−《きっと、傷つく》



わたしが、その言葉の真意に気づくのは、


もう少し、あとのこと………。





◆◆◆◆◆◆





「『生きる世界』が違う」


まったく同じ台詞を、かつて、わたしは親友から言われたことがあった。


「『世界』が違うんだから、お互いの気持ちなんて、わかりっこない。そうやってみんなとの壁を感じて、ひとりぼっちでいつまでも苦しめばいい」


その言葉が、わたしの胸に深く突き刺さり、今になっても消えることはなかった。



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