《MUMEI》

「……好きにしたら。喬路も、それで文句ないだろ」
火柄にニッコリと微笑まれて、俺は何とも言えぬ感覚を味わう。
戦ってもいないのに変な敗北感を抱いた。
精神的疲労から投げ槍に答え、喬路を窺う。
「そりゃあ、あるわよ。でも、ナツがいるからやめた。知恵熱出されたら困るからね。まあ、覚悟した方が良いよ。ナツの適当は宛てにならない」
肩を竦め屈託なく笑う喬路を眺めて思う。
実は火柄の方が強いのかも、と。
 得点表の向こう側では、勝負も佳境に差し掛かっているらしく、ギャラリーの声援も一際大きく聞こえてくる。
 得点表の裏側では、沈黙が流れていた。
まだ肝心な話をしていないのだが、紗夜の怪我を言い出し難く、俺は黙り込んでしまう。
自然と二人は俺の言葉を待ち、口を閉ざす。
その結果の沈黙だ。
「紗夜、コンクール出れそうにないらしい」
やっと出てきたのは簡潔なものだった。
「そう、か。うちはピアノ抜きでも何とかなるけど。アンタんとこはそうもいかないでしょ。どうすんの?」
予想はしていたらしく、あっさり頷く喬路に、俺は少し拍子抜けした。
 紗夜は吹奏楽部としても夏にあるコンクールに出場する予定だった。

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