《MUMEI》

高遠光は年齢も性別も意識させない、そこに役者としての天賦の才が有ると、妻は言っていた。
俺も光を目の前にして理解する。子役は特に、実年齢よりも幼い演技を求められるのだ。

「ガラス張りの壁ですね。」

端正な顔立ちがガラスに映り込み、鳥肌が立つ。
嫌に落ち着いていた。
普通、初めてあがる家はそわそわするものだ。
わが家は他の家より20階に位置した高価なマンションである。
かえってこちらが遠慮してしまい、俺は間を繋げる為に珈琲を飲みに行く。


「光は珈琲飲むか?」

聞きながら、コイツは小学生だと気付いた。
妻に聞く癖がまだ抜けていないのだ。
温めた珈琲をホットミルクと共に運ぶ。

光はガラスに向かって小さくなっていた。


「おい、そんなとこで待ち構えてなくても朝日はまだまだ先だぞ……」

光は、ガラス越しに一人で何か呟いている。


そうだ、
俺は妻の脚本を何処に置いた?


「……返せ!」

勢い良く引っ張り上げ、珈琲が零れ、最初の数頁が俺の手の中で珈琲に浸された。

その場の怒りに任せて、光を平手で打ってしまう。
反動で光は床に転がった。
子供相手に、大人気ないことをしてしまった。


「……“どこにももう、いない”」

ぞっとした、脚本をあの一瞬で覚えたらしい。


「この、駄目になった頁分、一字一句間違えずに言えるか?」

光は頷き、取り憑かれたように呟いた。
それを必死に書き留める自分のなんと滑稽であったことか。

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