《MUMEI》

 日も暮れて夕刻
仕事もようやく終わりショコラを迎えに店を訪れた篠原
適当な挨拶と共に戸を開いて見れば
目の前に広がる光景に瞬間固まってしまった
「お帰り。恭弥」
篠原の帰宅に気付き駆け寄るショコラ
飛び込んでくる小さな身体を受け止めてやれば
篠原はそこで漸くショコラの異変に気が付いた
ふわふわの、メイド服
そんなものを何故か着せられているショコラの姿を見、呆然としてしまったその一瞬後
「……村岡、アレはテメェの仕業か?随分な趣味してんじゃねぇか」
「勘違いすんな。あれはあいつの趣味だ」
明らかに怒の感情をあらわにする篠原へ
目の前の男・村岡は慌てて北沢の方を指差した
「あ、シノ。見て、ショコラちゃん可愛いだろ。しかもお店まで手伝ってくれてさ。本当助かったよ」
篠原の怒りなど気に掛ける様子もなく
北沢は笑みを浮かべ有難う、とショコラへと礼を言う
照れたように頷くショコラに、篠原は怒る機会をすっかり逃し
深々と溜息を付くと、帰るの一言でショコラの手を取った
「シノ。良かったらショコラちゃん、また任されるけど?」
どうか、との北沢に
篠原は暫く考えこみ、だが他に当てもないのか
「……頼む」
そ返すしかなく、短い返事だけでその場を後に
店から出るなり無言で歩き始める篠原
振り向いてくれない篠原のシャツを、ショコラは退いて止めた
「恭弥、何か怒ってるの。ショコラの、せい?」
其処で漸く篠原は身を翻す
困った様な苦笑を浮かべると、ショコラの視線に自分のソレを合わせてやるため軽く膝を折る
「別にお前に怒ってるわけじゃねぇよ。あの馬鹿共に対して腹立ってるだけだから」
「本当?」
「店の手伝い、楽しかったか?」
「楽しかった……」
「そか」
ショコラ自身が楽しんでいるのならいいか、と
苦笑と共に肩を篠原は撫で下していた
「ま、何にせよ明日は休みだし。ショコラ、何がしたい?」
「……したい、事?」
篠原の突然の問い掛けに小首をショコラは傾げながら
だが(お出かけ)の言葉にその顔が明るいソレへと変わる
「何したいか考えとけな」
「わかった、です」
深々頷いて
そのしぐさは何となく可愛らしく
穏やかな空気が互いの間には流れる
「……らしくねぇ」
ショコラが来てまだ日も浅いというのに
いつの間にか傍らにおの存在がある事が当然になってしまっている篠原
そんな自身に微かに肩を揺らせば
「恭弥、笑った。ショコラも、嬉しい」
照れた様に、はにかんだ笑みをショコラは浮かべながら不意を突いて篠原の頬へキスを一つ
突然のショコラのソレに虚をつかれた篠原だったが
顔も真っ赤にチョコレート風味のキスをされれば
唯笑んで返すしか出来なくなってしまう
「甘ったる」
触れるだけのソレに、わざと素気なく返せば
案の定ショコラは泣きそうな顔
本気で泣きだしてしまう寸前、篠原もショコラの頬へとキスをしてやった
「……恭弥」
「馬ー鹿。嘘だよ」
ショコラからの甘さは、嫌いじゃない
この甘ったるさは彼女そのもので
そして篠原にはひどく優しい甘さで香るのだ、と
その事をショコラの耳元に囁いてやれば
泣いていた顔がすぐに笑顔だ
「……良かった」
心底安堵したといったその顔に
篠原も肩を揺らすと、ショコラの頭へと手を置く
手荒く掻いて乱すと、篠原は自身の照れを隠す様にショコラから顔を逸らした
「恭弥、お耳真っ赤」
「そこ、突っ込むか」
恥ずかしい、と左手で顔を覆う篠原に
だがショコラは更にどうしてかを問いながら顔を覗き込んでくる
何でもないから、と返してやり
そうして漸くの帰宅
徐に時計を見やればPM10:30
やはり眠気が来たのか、篠原の傍らでショコラが船を漕ぎ始めていた
「ショコラ?」
寄り掛って来たショコラを抱き起こして見れば
限界らしい眠気を何故か我慢している様で
その様に今日はもう寝てしまえ、とベッドへと連れていってやる

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