《MUMEI》 始めて目の前で死体というモノを見たのは十五歳の、ときだった 「あら、お帰りなさい。坊や」 学校から帰宅した広瀬 愁一を出迎えたのは見ず知らずの女 一体何事かと訝しむ広瀬は、次の瞬間に目の前の惨状に言葉を失った 天井から吊るされた縄 何か重いものがぶら下がっているのか、それはゆっくりと振り子運動を繰り返して その重みの正体は 自身の、母親 一体、何故、何が起こったというのか その時の広瀬に理解出来る筈もなく 唯、呆然と揺れる母親を眺めるばかりだった 「でも、悲惨よね。首つり自殺って。後処理大変だし」 「……お前が、やったのか?」 嘲る声を戴き、問うて返す広瀬の声が徐々に怯えを現す だが相手は何故かさも楽しげに笑いながら 「勘違いしないでね、坊や。貴方のお母さんは自分で首を吊ったの。これからの人生、生き続ける事に悲観して、ね」 広瀬の頬へと相手はその細い指を伸ばし、何度も撫でてくる その指を払って退ければ、しかし相手は笑みを絶やさぬまま 「そうだ。ねぇ坊や。私、あなたにお願いがあるの」 嫌な笑い顔を向けてきた 聞きたいと思う筈もなのに一方的に話は始まる 「ねぇ、僕。私とあなたのパパ、これから暫くの間お出かけしないといけないの。それでお願いなんだけど、聞いてくれるかしら?」 返答など返せる筈がなかった ただ、目の前の全てが恐くて 呼吸すら、する事を忘れてしまう 「簡単な事なの。私の娘、面倒みてやってくれないかしら?お礼なら好きなだけ出すわよ」 耳障りな声が間近 そして手の平に何かが押しつけられた 何十枚という札束 口止め料だと言わんばかりのソレを広瀬に握らせながら 「私の事は、誰にも言っちゃ駄目。直接手を下したわけじゃないけど、警察とかに事情を聞かれるのは勘弁だから」 いい?と念を押され広瀬は漸く握っていた札束を相手へと投げて返した 「言わねぇよ」 「本当に?」 「言わねぇって言ってんだろ!だからテメェの娘でも何でも置いてさっさと消えろ!テメェの顔なんてもう一秒たりとも見たくねぇ!!」 喚いて散らせば相手からは微笑 キレイに口紅の塗られた唇が耳の近く 「ありがと。優しい処はあの人そっくりね」 またね、とその場を後にしていた 一人残された家の中、唯一人で泣く事しか出来ない広瀬 その頭に、何かが触れてくる 「……泣くの、どうして?」 女の娘の小さな手 憎めばいいのか 哀れだと思えばいいのか 解らなくなってしまった広瀬は その少女の身体を抱きしめ、唯泣く事しかその時は出来なかった…… 前へ |次へ |
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