《MUMEI》

 書斎を出て、取り敢えず落ち着こうと屋敷内をうろついた後
漸く自室へと戻ったクラウス
感じる疲労に溜息をつきながら中へと入れば
自身のベッドの上で、未だ眠るジゼルの姿があった
穏やかな寝息を立てる彼女の横へとクラウスは静かに腰を降ろしながら
頬に掛る彼女の長い髪をゆっくりと掻き揚げてやれば
ゆるりその眼が開いた
「すいません。起こしてしまいましたか?」
「別に、いい。それより、なにもなかった?」
「大丈夫です。お嬢様こそ、腕の痛みは?」
ジゼルの手を取り、甲へと口付けながら問うて返せば
大丈夫だと、頷いて
身体を漸く起こすと、クラウスがその身を抱いた
「どうか、した?」
「……何でも、有りませんよ」
「嘘ね。……何を見て、何を知ったの?」
明らかに様子のおかしいクラウスの頬へとジゼルは手を伸ばし
顔を上げさせ、正面から覗きこんできた
「……私を、たばかる気?クラウス」
睨みつけられ、それ以上隠し立てする事などクラウスには出来ず
見たまま全てを話し始める
「そう。父様の書斎でそんなものを……」
「私は今から、その男を追ってみます。お嬢様はこちらで」
「おいて行くつもり?」
「危険でないという保証はない。そんな所へお嬢様をお連れするわけにはいきませんから」
「此処で、大人しく待ってろって言いたいの?」
「そうですね」
普段と変わらない笑みをクラウスは向け
その笑みに押し切られてしまったジゼルはつい頷いて返してしまった
「有難う御座います。お嬢様」
「その代わり、ひとつお願い」
「何でしょう?」
「野苺、取ってきて。今、丁度身がなってる季節だから」
交換条件としては余りに可愛らしいソレに
クラウスはまた微笑むと、解りました、と一言で部屋を後に
長い廊下をゆるり歩きながら
何事も起こらなければいいが、と唯々願うばかりだった……

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