《MUMEI》 2「お久しぶりね。クラウス」 森へと向かう途中 人通りのない薄暗いそこで、クラウスは背後からの声に呼び止められていた その声に一応は脚を止め向き直ってみれば 知人であるその声の主が立っていた 「……ジキル、何故お前が此処に?」 「別に。唯の暇つぶしよ」 「暇つぶしで魔界へ?余程暇なんだな」 「ええ。おかげ様で。クラウスこそ、魔族としての生活がすっかり板に付いたみたいね」 穏やかな笑みで向けられる揶揄 クラウスは返す事はせず、ただジキルを睨みつけるだけ 「恐い顔。そんな顔していては女性にもてないわよ」 「余計なお世話だ」 一言返し、クラウスは改めて歩く事を始める ジキルと、すれ違うなり 「……何所へ、行くの?」 問う声が向けられて だがクラウスは真を話す事はせず 暇つぶしの散歩だと、彼女の言葉を借りて返した 「散歩、ね。この奥には散歩にお勧めできるような穏やかな場所ではないわよ?」 疑う視線を寄越され その瞬間、ジキルの表情が一変する 「……行かせ、ないわよ。クラウス」 「ジキル?」 様子が明らかにおかしい彼女へと訝し気な顔を向けて見れば ジキルは背に負っていた巨大な鎌を取って握り 刃先をクラウスへと付きつけた 「お前はいつからそんな物騒なモノを持ち歩くようになった?」 呆れたように呟くと ジキルは更に笑みを浮かべる 「アナタがヒトを(裏切った)あの日からよ。いつかこんな日がくるかもって」 刃を更にクラウスへと突き付けながら しかしクラウスは動じることなく、その刃をジキルの方へと押しやった 刃を直接つかんだ所為で皮膚が斬れ、血雫が伝って落ちる 「(あの人)処へは行かせない。行かせないわ」 まるで何かに憑かれたかの様に濁った眼で笑いながら うわ言の様に何度も呟きながらジキルはクラウスと距離をとる 改めて身構えた直後、薄暗いそ奥から人の影が現れた 「何をしている?ジキル」 呆れた様な声が聞こえ、見えてきた姿は 先刻、森で見かけた人物のソレで ジキルは深々と頭を下げ、その人物の脚元へと膝をついていた 「……お前は」 ジキルに構う事はせず、その人物はクラウスの方へと向いて直る 暫く互いに睨み合い 殺気染みた視線が向けられた、次の瞬間 相手が剣を抜いて迫って来た 丸腰のクラウスは咄嗟に上着を相手の方へと脱いで放り 一瞬の目暗ましの隙に刃をかわしていく 「……あのお飾りでしかない魔王の執事の割にはいい動きをするな。お前、名前は?」 「人に名前を尋ねるときはまずお前から名乗れ」 常識だ、と低音 相手が喉の奥で微かに笑う声が聞こえた 「ハイド・グラヴァ―だ。で?お前の名前は?」 名乗ってやったと言わんばかりの様に クラウスは身を低く構えながら自身の名前を名乗ってやる 「クラウス・ブルーネル」 「クラウス……。そうか、お前があの魔族に身売りしたという男か」 小さく籠っていた笑いは段々と声を増していき ついには高々と笑う事を始めていた 暫く笑った後 「……面白いな。あの飾り物諸共この俺が葬ってやろう」 「勝手な事を……」 ジキルを連れ踵を返したハイドの背へ クラウスは素早い動きで脚を蹴って回していた だがそれを易々と受け止められ すぐ様クラウスは脚を引く ソレを見、ハイドは微かに嘲笑を浮かべると改めて歩き始め ジキル共々その場から姿を消していった 後に一人残されたクラウス 何の気配も無くなってしまった其処へ いつまでも立ち尽くして居ても仕方がない、と帰路へと着く 「……野苺の、香り?」 途中、どこからか鼻腔をくすぐる甘い香りが漂い ジゼルとの約束をクラウスは思い出し その香の方へと歩いて進めば、そこには一面の野苺が クラウスはその蔦で器用にかごを編むと、ソレに山程の野苺を入れた 取ったばかりのソレを一粒食べてみれば 今までにない程甘く美味だった どうしてかその事に安堵をおぼえたクラウスは、微かに肩を揺らし漸くの帰宅だ 「只今戻りました。お嬢様」 屋敷へと戻りすぐさまジゼルの元へ 彼女を前に片膝を付き手の甲へと口付ければ お帰り、と相も変わらない無感情な声が返ってくる 「怪我は、ない?」 だがクラウスの身は案じてくる彼女に クラウスは穏やかに笑って向けながら 前へ |次へ |
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