《MUMEI》
妻失格?
独身時代ならまだしも、主婦になると、ルックスを誉められる機会がめっきり減るかもしれない。
口説くのが目的なら主婦を誉めたりはしない。それに夫を気づかい、あからさまに奥さんの外見を誉めるようなことは普通しない。
だが狼やハイエナは違う。食うことが目的だから、結婚していようと関係ないのだ。
良い狼は阿部のようにストレートでユーモラス。しかし悪い狼は羊の仮面をかぶって近づいて来る。
それを見抜けない主婦が悲しい。
仁美は独身時代、面と向かって誉めちぎられたことがないので、内心ドキドキしていた。
お世辞といっても全くそう思っていなければ、誉めたりしないだろう。仁美はそう取っていた。
休日の昼。廊下の窓を拭いていると、203号室の加刃が出てきた。やや小太りの40歳。阿部より10歳年上だ。
「こんにちは」仁美はいつも嬉しそうに挨拶をする。
「こんちは」加刃もつられてニコニコする。
加刃は、仁美のショートパンツに目を止めた。
「大家さんってさあ、いい脚してるよね?」
「よく言いますよ」仁美は照れた。「そんなこと言わたことないから、びっくりしちゃいますよ」
「そんなことないでしょう。見事な脚線美だよ」
「じゃあ、明日からジーパン穿きます」
「ダメだよ」
「ダメだよって」仁美は思わず笑ってしまった。
加刃はあまり嫌らしさを感じない。職場なら完全にセクハラだが。
「加刃さんて…」
「人の顔見てカバはないでしょう」
「しょうがないじゃないですか、名字なんだから」
「大家さんだけには名前で呼ばれたいね」
「じゃあ、哲朗さん」
加刃は目を丸くして仁美を直視した。
「嘘、フルネーム知ってんの?」
「そりゃそうですよ、大家だもん」
「嬉しい。お礼に今夜だけ俺の部屋に泊めてあげる」
「遠慮しときます」
「ハハハ」
加刃はトイレへ行った。仁美は自分の脚を触りながら、甘い吐息。
顔を合わすたびに阿部と加刃から誉めちぎりに遭う。悪い気はしないどころか、それを待っている自分に気づき、仁美は唇を噛んだ。
(これって妻失格だよね?)

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫