《MUMEI》

「あら、木下君。」

廊下で神部のお母さん、鮎子さんに出くわす。


「こんにちは。」

極力、自然に振る舞うようにした。


「入院なの?」


「はい、風邪こじらせたんです。」


「そう、お大事にね。」

身構えていたが特になにもなく、それだけ言うと颯爽と居なくなった。
間を置いて、俺はついつい尾行してしまう。

七生の肩が悪化したんじゃないかと考えてしまうからだ。

女性(人妻)の後ろを尾行とは、ストーカーっぽい。
鮎子さんは鞄の他に紙袋をぶら下げていて、個室に入っていく。
個室って、重病ではなかろうか。
前を通り過ぎて、中の様子が一瞬でも見えればいいんだ。
頭では分かっているが、いざ歩くとなると足が鉛のように重たい。





「その下品な色で拭えますか!出来の悪い嫁ですこと!」

罵声と共になにかが廊下に飛んで、慌てて隠れる。
様子を物陰から見てみたが、鮎子さんは黙々と床の物を広い集めているところだった。散乱しているのはタオルである。

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