《MUMEI》
主婦の弱点
202号室の人が引っ越し、ひと部屋空いた。
部屋の中をきれいに清掃し、畳柄の敷物を取り替える。
畳を取り替えるのは大変だから、部屋を出ていくときに畳柄の敷物だけを取り替える。見た目は畳の部屋のように見える。
前の大家、つまり真司の両親がずっとそうやってきたのだ。
仁美が敷物を敷いていると、田中が部屋を覗いた。
「大家さん、手伝いましょうか?」
「いい、大丈夫」
「この前のお礼です」
「大丈夫。もう終わるから。ありがとう」仁美は白い歯を見せた。
「何かあったら遠慮なく言ってください」
「はい」
田中は熱い眼差しで仁美を見つめると、部屋に戻った。
「ふう」
額に汗が光る。田中は強引な感じがする。彼女は生まれて初めて「モテ過ぎるのも困る」という意味がわかった。
(好かれちゃったかな?)
でもそれはファンみたいな軽いもので、何とかしようという怖いものではないと、仁美は考えた。
結婚すると、名前で呼ばれなくなる。
「奥さん」あるいは「何何くんのお母さん」。仁美は子どもがいないが、彼女の場合は「大家さん」。
それでも肝心要の夫が「仁美」と名前で呼び、恋人のように優しく愛してくれていれば、心は満たされる。
しかし旦那までが「あのさー」では掃除機もかけたくなる。
そんなときに一人の女として見られると、少し弱い。
仁美も知らず知らずに、男性との接し方が変わった自分に気づいていた。
笑顔の向け方。話し方。どこかでモテる女のしぐさが身についている。
「あたしって素質あるかも」
一人呟いてみる。
「いけない、いけない」
また主婦としてあるまじき思考になっている。夫一筋に生きるべきだ。モテる必要はないのだ。
「一筋…?」
夫の真司は、妻一筋なのだろうか。仁美は一瞬よぎった疑問をかき消した。
「あたし一筋に決まっている」
仁美は少し不安な顔色を浮かべた。

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