《MUMEI》
罠に落ちた主婦
「きれいに掃除してるじゃない」
仁美は部屋を見渡しながら言った。
「で、相談て?」
俊介はかしこまった。
「実は、家賃を少し待ってもらえませんか?」
仁美は顔が曇る。そういう相談ならば、ベッドに並んですわるわけにも行かない。彼女は立ったまま話した。
「どれくらい?」
「来月に2ヶ月分必ず払います」
「それは無理よ」
「え?」
「えって何?」仁美はいつになくきつい言い方をした。「あたしが甘くすると思ったの?」
「いえ」俊介は下を向く。
「数日待ってって言う話なら聞くけど、あなた入居したばかりでしょ。仕事してるの?」
「リストラされて」
仁美は困った。
「実家はどこ?」
「ありません」
まさか施設や少年院から来たのか。
「とにかく、家賃払えないなら出ていってもらうよ」
「それだけは許してください」
俊介が土下座をした。
「そんなことしたってダメだよ」
仁美が背を向けて部屋を出ようとした、そのとき。
「うぐぐ…」
背後からハンカチを口と鼻に当てられた。液体だ。まずい。仁美は暴れようとしたが、すぐに崩れ落ちた。

「ん…」
仁美はハッとして目が覚めた。服を脱がされて全裸だ。
「やだ」
バスタオルを一枚掛けられ、かろうじて恥ずかしい部分は全部隠されているが、両手首を後ろに縛られている。仁美はもがいた。
「何やってんの。ほどきなさい」
しかし、俊介の目を見て焦った。羊の目ではない。邪悪な狼の目だ。仁美は顔を紅潮させた。
「お願いです、ほどいてください」
大きい声を出せばだれかが助けてくれるかもしれないが、全裸でいたことがバレると、男性は勝手に想像する。
夫が知れば、レイプされたかどうかを疑うだろう。仁美は穏便に済ませたかった。
「俊介君。今月はあたしが立て替えておくから。来月までに頑張って仕事探しましょう」
「何でそのセリフをさっき言わなかったの?」
俊介が迫る。仁美は生きた心地がしない。
「まずほどいてください。怖くて喋れない」
「裸は平気なんでしょ。まじめな人かと思ったら、さっきバスタオル一枚で出たんでびっくりしたよ。過激な人だなと思って」
仁美は横を向いた。今さら反省しても遅い。
「お願い、ほどいて」
「じゃあ、何でも言うこと聞く?」
「あたしを脅す気?」
「そういう生意気な態度取ると赤っ恥かかしちゃうよ」
仁美は怯んだ。
「やめて。そういう恐ろしいこと言うのは」
うぶな少年とばかり思っていた俊介が狼に豹変。いや、猫をかぶっていただけだ。仁美は自分の見る目のなさに嫌気がさした。
「あたしをどうするつもり?」
「どうして欲しい?」
「解放して」
俊介は笑みを浮かべた。
「毎月の家賃。仁美が払って」
仁美と呼び捨てにされて、頭に来た。
「そんなこと無理に決まってるでしょ」
「言うこと聞いてくれたら無傷で解放してあげる」
「無理よ。来月は頑張って」
「強気に出るということは、拷問に耐える自信があるんだ?」
拷問。日常ではまず使わない言葉に、仁美は緊迫した。
「大きい声出すわよ」仁美が睨む。
「大きい声出したら、このカッコのまま廊下に出すよ」
「わかったやめて」
仁美は慌てて即答した。そんなことされたら、たまらない。あまり刺激しないほうがいい。
仁美は唇を噛んだ。

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