《MUMEI》
自己嫌悪
「もういいでしょ。ほどいて」
「ほどいてほしい?」
「ほどいてください」
俊介はようやくほどいてくれた。仁美はまず服を着ると、俊介の腕をつかんだ。
「お願い。今あたしの目の前で写真を消して」
俊介は答えない。仁美は両手をついた。
「この通りです」
「仁美。土下座って、どういうときにする?」
「え?」仁美は顔を上げる。
「どうしても許してほしいときでしょ」
「はい」
「さっき俺が土下座したとき許さなかったから、俺も許さないよ」
仁美は愕然とした。
「俊介君。言うことはちゃんと聞きますから、あたしをゆすらないと約束してください」
しかし俊介は冷酷な目を向ける。
「大丈夫。仁美に恥をかかすのが目的じゃなく、口止めが目的だから」
仁美は諦めて部屋を出た。人間強いショックを受けると、何も考えられなくなる。
翌朝。
ゴミ収集所で、阿部と顔を合わせた。仁美はいつものように明るい笑顔を向ける。
「おはようございます」
「あ、おはよう」
阿部は真顔で返すと、誉め言葉一つなく、その場を去ろうとした。
「阿部さん、ちゃんとゴミ分別してますか?」
「僕は仁美さんと違って分別はあるよ」
「え?」
気になることを言う。
「何言ってるの。あたしは分別ありますよ」
「さあ、どうだか」
「何ですか?」仁美が怖い顔で睨む。
「人妻が夜、男の部屋に1時間もいちゃダメでしょう」
仁美は唇を噛むと、小声で言った。
「阿部さんって、口硬いよね?」
「もちろん。何しろニックネームは歩くスピーカー」
仁美は真顔で阿部を見つめた。
「やましいことはないよ。深刻な悩みの相談で、つい長くなっちゃって」
「僕も深刻な相談があるんだ」
「阿部さん」仁美は両手で阿部の手を強く握りしめ、哀願に満ちた目で見つめた。「だれにも言わないで。頼りにしてますから。あたしが困ったときは、阿部さんに相談するから」
阿部は感激の面持ちで答えた。
「仁美さん。僕はヒーローだよ。君が困ることをするはずがないじゃないか」
「ありがとう」
阿部はウルトラマンポーズで走っていった。
仁美は自分の部屋に戻ってから、自己嫌悪に陥った。
もしかして、今自分がしたことは、世間で言う「女を使う」という部類に入るのではないか。
だとしたら生まれて初めて女を使った。独身時代にはそんな場面はなかった。
(あたし、小悪魔の素質あるかな)
ただ、小悪魔は善良な男性にしか通用しない。俊介のような悪党には効かない。
全裸写真をバラまくような、そんなむごいことは、いくら何でもしないだろう。
仁美はそう固く信じていた。

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