《MUMEI》

何をやっているのだ俺は。今一番辛いであろうルシアに気を遣わせてしまうなど。情けないったらない。
「……すまん。」
頭を下げるが、ルシアにその頭を小突かれただけだった。不思議に思って顔を上げると、やや怒ったような顔のルシアがいた。何故怒っているのか分からない。シセルの件で怒っていないのは確実だし…………何なのだ。『どうせ、気を遣わせてしまった、なんて思っているのだろ?』
「! 何故、分かった?」
俺が本気で疑問に思っていると、ルシアは今度は表情を緩めた。不覚だが、その様子に少し俺の心は救われてしまった。
『分かり易いんだ、お前は。それに、私たちの中で一番辛くて悔しい思いをしているは、お前だからな。』
その言葉には待ったをかけなければならない。だって、一番辛いのも悔しいのもルシアの筈なのだから。竜族は繁殖能力が低いから、兄妹のいる竜なんてめったにいない。だからルシアはシセルのことを本当に大事にしていた。その妹が死んだのだから、彼の苦しみは俺たちでは計り知れないだろう。なのに俺が一番?いくら何でもおかしいだろう。
「一番はお前だろう?」
しかしルシアは否と言う。
『我々が、全てが終わるまでに辿り着けなかったのに対し、お前はそのニンゲンと対峙することができた。そして追い詰めることができたというのに、仇を討つ所か取り逃がしてしまった。どう考えてもお前の方が辛いし悔しいだろう。』
何もできなかったという苦しみもある、と言い返そうと思えば言い返せた。しかしそんなことできなかった。納得してしまったという理由もあるが、何よりこれ以上ゴネては、辛いのを我慢して俺を慰めてくれているルシアに悪いと思ったのだ。だから俺は肯定の意を込めて押し黙った。
…………伊達にまとめ役をしている訳ではないな。心から納得しての肯定ではない、とルシアに看破されてしまったようで、溜め息を吐かれた。
『……まあいいさ。とにかくあまり自分を責めないこと。分かったな?』
ルシアは立ち去ろうとする。俺はそれをほとんど反射のようなタイミングで呼び止めた。当然、ルシアは怪訝そうだ。
「俺は、シセルを馬鹿だと思っている。だがその馬鹿の、何よりも尊い想いを、無碍にする気はない。」
分かり難いだろうが、ルシアになら伝わる筈。いや、必ず伝わる。だって彼は、彼女の兄なのだから。
…………果たして俺の想いは伝わったようだ。ルシアは振り返ることはせず、満足げに一度咆哮すると、木々の狭間に消えていった。
まあまだ色々と整理する時間は欲しいところだが、吹っ切れた。うだうだと悩んで後ろ向きになることは、恐らくもう無いだろう。ルシア。彼は俺より遥かに上手だ。素直に感謝しておこう。
「シセル……。お前の兄貴は大した奴だ……」
だから心配することは何も無いぞ。そう続けるつもりだった。しかし、森のざわめきが俺に教えたのだ。
侵入者だ、と。

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