《MUMEI》
不安
朝。
ゴミ収集所で、俊介と田中がバッタリ出くわした。屈強な田中が凄い形相で睨みつけるので俊介は焦った。
挨拶がないという意味で怒っているのだと思い、礼儀正しく頭を下げた。
「おはようございます」
しかし田中は睨んだままだ。仕方なくゴミを置いて行こうとすると、田中が凄んだ。
「テメー。大家さんに何かしたら殺すからな」
そう言うと、田中はアパートのほうへ歩いていった。俊介は怒りに満ちた目で田中の背中を見ていた。
夫が出かけた。一週間一人だ。少し前の仁美なら、鬼のいぬ間にハメを外そうと、「いけないセクシー主婦」全開になっていたかもしれないが、今は不安で仕方ない。
乙女の危機は冗談ではなくなっている。
夕方。
廊下で哲朗に会った。
「そういえば最近、大家さんジーパン穿いてるよね?」
「ジーパン好きなんです」
「ダメだよ、かわゆいアンヨを見せてくれないと」
「あのですねえ」仁美は思わず笑った。
「夏はミニでしょう」
「ほら、哲朗さんの目線が気になって」
「大丈夫。俺は紳士だから」
「どこがですか?」
仁美は部屋に戻る。田中が夜勤に出かけるのを待って、俊介が動いた。
ドンドンと乱暴なノックに、仁美はドキッとした。俊介の顔が浮かぶ。
ドアを開けると案の定俊介が、怖い顔をして立っていた。
「どうしたの?」
「田中に何て言った?」
「え?」
「朝会ったらいきなり、大家さんに何かしたら殺すって言われたよ」
仁美は目が泳いだ。
「仁美も卑怯なことするね。男を差し向けるなんて」
仁美は血相変えて首を左右に振った。
「信じて。あたし絶対にそういうことはしてないから」
「じゃあ、何で田中なんか出てくるんだよ?」
「わからないわ」
俊介は冷徹な表情を仁美に向けた。
「ま、君がそういう出方をするなら、こっちも鬼に成りきれるからいいか」
「ちょっと待って」仁美は慌てて俊介の腕をつかむ。「写真なんかバラまかれたら、あたし生きていないよ。そこまでひどいことしようとは思ってないでしょ?」
「離せよ」
仁美が手を離すと、俊介は行ってしまった。不安がつのる。彼女は、胸騒ぎがして仕方なかった。

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