《MUMEI》

「大丈夫です。それから、これを」
積んできた野苺を差し出してやれば
僅かだがジゼルの表情が綻ぶ
「……スコーン食べたい。ジャム付きで」
籠に山盛りの野苺を眺めながら、そして催促
拒む事など当然しないクラウスは微笑を口元へ浮かべながら
支度をして来る、と一礼し取り敢えずその場を後にした
「大変だな。執事様」
出るなりアルベルトに遭遇し
揶揄混じりの声にクラウスも薄ら笑いながら
「慣れればこの生活も楽しいが?」
とアルベルトへ
性悪そうな笑みを向けられ、アルベルトは怪訝な顔で舌を出して向けていた
「悪いが俺は草樹と戯れてた方がはるかにいいんでな。他人にかしづく様な損な役回り、喜んでお前に譲ってやるよ」
「随分な言い方だな。それで、何か用か?」
「別に。唯の暇つぶしだ」
「お前、そんなに暇なのか?」
余りな言い草にその事を指摘してやれば
アルベルトは悪びれた様子もなく頷く
「最近草木の機嫌がすこぶる悪くてな。いじらせてくれないのよ」
だからやる事が無くて暇なのだと溜息
機嫌が悪いとの庭の草木をクラウスは窓越しに眺めみる
「何も、なければいいがな」
一人事に呟き、クラウスは改めて厨房へと歩き始めれば
その後ろ、何故かアルベルトもついて歩いてくる
「……俺に付いてきた処で面白くはないと思うが?」
「一人で居ても暇だし。まぁ気にすんなよ」
勝手に付いていくだけだから、と随分勝手な物言いに
だがクラウスは諦めているのか、勝手にしろと一言
目的地である厨房へと到着するとすぐに作り始めた
スコーンの焼ける匂いと野苺を煮詰める甘酸っぱい匂い
そして紅茶を入れるいい香り
焼きあがったスコーンをオーブンから取って出すとそれを紅茶に添えジゼル用にとトレイへ
それ以外を大皿に盛り付けると、すぐ様アルベルトの手が伸びてくる
「……飯を食ってないのか、お前は」
次々と食べていくアルベルトにクラウスは呆れ顔で
それ以上何を言う事もクラウスはせずジゼルの元へ
「……出来たの?いい匂い」
部屋へと入るなり
匂いに気付いたらしいジゼルが僅かに嬉しそうな顔をしてみせる
その表情にクラウスも笑みを返しながらテーブルへとトレイを置いた
紅茶を注いでやり前へと置いてやれば
その借りを楽しむかのようにジゼルは一口
飲んでほっと胸をなでおろしていた
「お嬢様?」
どうかしたのかと言外に含ませれば
ジゼルはクラウスへ、向かいの椅子へ腰を降ろす様言って向ける
その通り腰を降ろせば、膝の上へジゼルが腰かけてきて
軽い重みを感じ、そしてその身を抱いてやれば
ソレで満足したのか、ジゼルは何食わぬ顔でクラウスの膝上でスコーンを食べ始めていた
「……おいし」
「口元に、ついてますよ」
食べるジゼルの口元
付いてしまっているジャムをクラウスの指が柔らかく拭い
「……食べないの?」
「御一緒しても?」
改めると、カップが渡されて
ジゼルがポットを持ち上げ、クラウスの持つカップへと紅茶を注いでいく
「有難う御座います。お嬢様」
互いに感謝の意を交わす穏やかな時の流れ
そのゆっくりとした空気に身を委ねながら
クラウスは徐にジゼルの腕を掬いあげた
「痛みは?」
痛々しく包帯の巻かれた其処へと口付けてやりながら問う事をしてやれば
ジゼルはゆるりと首を横へ
「……大丈夫。そんなに、気にすること、ないから」
クラウスが悪い訳ではないのだから、と続けられた言葉に
だが首を横へと振って返すと、彼女の手の甲へと口付けていた
「……お嬢様に傷を負わせてしまった。理由はどうあれ、私の責任です」
「気にするなって、言ってるの」
「ですが……」
一向に引き下がろうとはしないクラウスへ
ジゼルは暫く無言で考え込んだ後
「なら、私を人界に連れて行って」
「お嬢様?」
ジゼルからの申し出
クラウスはジゼル顔を覗き込みながらその訳を問う
「……ジゼルの花の事、やっぱり気になるの。だから」
調べる事がしたいのだと切に頼まれれば
従う者であるクラウスは、それを拒む事はない
手の甲へと口付けると、畏まりましたと一言
ジゼルを抱えたまま立ち上がりテラスへ
そして其処から人の世へと飛んで降りる
眼下に広がる人界
見えるソレは相も変わらず荒廃に染まる砂地

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