《MUMEI》
震える唇
仁美は歯を食いしばった。
(悔しい!)
俊介は容赦なくナイフの刃先で、仁美のいちばん敏感なところをペタペタ叩いたり、ショーツの上を滑らせたりしていたぶる。
(屈辱…)
泣き顔の仁美に、俊介が言った。
「仁美、いいこと教えてあげようか?」
「え?」
「聞きたい?」
「聞きます」
俊介はナイフをショーツに当てたまま話した。
「仁美のこと、いつもアパートの前で見ていた」
「え?」
「仁美は気づいてなかったけど、よく見てたよ。魅力的な人だと思った」
仁美は神妙な顔で聞いた。
「アパートの住人とも親しく会話して、素敵な笑顔で。俺もここに住めば、仁美と親しくなれるかなと思ったよ」
仁美は唇を噛む。
「でも仁美は、俺には冷たかった」
「違うわ」
「許せないよね。そういう不公平って」
何を言っているのか。仁美は苛立ちを覚えたが、今は逆らえない。
「お仕置きだよ、仁美」
「あん」
まさか。俊介はナイフの先でツンツンと突く。
「やめて、やめて」
仁美はハッとした表情で一瞬俊介の背後を見たが、すぐに俊介の顔を見て、甘い声を出した。
「俊介君、わかったから、あたしの負けだからもうやめて」
「負け?」
「あなたに抱かれたい。その覚悟がなきゃ、女が一人でのこのこ来るわけないでしょ」
俊介は手を止めて、仁美を探るような目で見た。
「本心か?」
「本心よ。ナイフでいたぶられるよりは百倍まし」
俊介は乗る気になった。
「よーし。じゃあ、たっぷりかわいがってあげる」
俊介がナイフをしまった。その瞬間にタックル!
「え?」
「貴様!」
俊介をそのまま壁まで押した。背中から激突させる。突然のことにほとんど無抵抗の俊介。ようやく相手に気づいた。阿部だ。
仁美も気が気ではない。阿部が負けたら自分も終わりだ。
俊介が反撃の膝蹴りをボディへ。しかし阿部はバカ力で押し倒す。そして上から顔面パンチ連打を狙うが、俊介は阿部の腕を掴みながら下から胸にキック!
阿部は仰向けに倒れた。
(阿部さん…)
仁美は手足に力を入れたが無理だ。自力では外せない。
両者立って掴み合う。俊介が顔面に右フック。
「あっ」
入った。さらにボディに膝蹴りから腕を掴んで顔面に膝蹴り!
「がっ…」
阿部ダウン。
(何やってんの阿部さん…)
俊介がナイフを出した。倒れている阿部を襲う。
「やめて!」
仁美は思わず叫んだ。俊介が嫉妬と憎悪に満ちた目で振り向く。
「やめて?」
俊介がナイフを持って歩み寄る。仁美はもがいた。まずい。今度こそまずい。
(あ、どうしよう、どうしよう)
身じろぎする蒼白な仁美を、俊介は危ない目で見すえた。
「やめてって。阿部を応援してたの?」
今さら哀願はできない。仁美は唇が震えた。

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