《MUMEI》
若い主婦
警察を呼んだからには、夫の真司にもすべてを話すことになった。
何も知らなかった真司はいたたまれなくなり、部屋で仁美と二人きりになったとき、両手をついて頭を下げた。
仁美は許した。
ある朝。
ゴミ収集所でバッタリ阿部と顔を合わせた。
「おはようございます」
仁美が笑顔で明るく挨拶したが、阿部は真顔だ。
「おはようございます」
呟くように言うと、阿部はそそくさと行こうとした。
「阿部さん」
「はい」
「反省してるみたいだから、もういいよ。許してあげる」
「え?」阿部は赤い顔で振り向いた。
「だから、今まで通りでいいよ」
阿部は感激した。
「すいません本当に。仁美さんが、あまりにも魅力的だったから」
仁美は優しい笑顔で話した。
「あなたが助けてくれなかったら、あたし、どうなってたかわからないもん。命の恩人です」
仁美が深々と頭を下げるので、阿部は慌てた。
「とんでもない。豚でもない」
「滑ってますよ」
「ウケたさ」
仁美と阿部は笑顔で顔を合わせた。
「ああ、何て優しいのだろう。果たしてこれほど心の美しい人がいるだろうか。地上に降りた最後の女神だ」
阿部はオーバーアクションで両手を広げながら、アパートのほうに逃げるように去っていった。
仁美は笑みを浮かべて阿部の背中を見ていたが、両手を上げて伸びをした。
また阿部と哲朗からの誉めちぎりの日々に戻るのか。
「いけない、いけない」
仁美は頭を振って有頂天になる自分を反省した。
ふと、辺りを見渡す。だれもいない。
「ふう」
若い主婦は狙われている。だれが見ているかわからない。
若い娘と同じように、警戒心が大事だ。自意識過剰なんかではない。
狼やハイエナは食うのが目的。だから結婚しているか否かは関係ない。
この大切な体は、家族のためにも自分のためにも、守らなくてはならない。
女性を狙った犯罪は後を絶たない。自分の身は、自分で守るしかない。
仁美はゴミ収集所の扉を閉めると、アパートへ向かって歩いていった。


END

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