《MUMEI》
・・・・
 休日と言うこともあり、いつにも増して賑わいでいる王都の片隅をファースは歩いていた。当てもなく歩いているわけではなく、目指している場所がある。
 その場所はここ最近、自分たちの家となっていた古ぼけた宿だった。
 古ぼけた宿のまえ、ファースはどこまでも潔い瞳で、晴れ渡った空のように屈託なく微笑い、

 『切断』の魔眼を発動した。

 発動範囲は宿の前方、縦一直線。亀裂が生まれ、肥えたおばさんが座っているであろうカウンターまでが切り裂かれ、爆音を轟かせ木造の壁が崩れる。埃の舞う向こう側では、カウンターで雑務を行っていたおばさんが呆気にとられ小さな目を目一杯開いていた。いとも簡単に崩れた壁をグッと踏み越え、おばさんへと近づいていく。
 ファースはカウンターの向こう側に立ちつくす肥えた顔の、脂ぎった二重あごをくいっと持ち上げた。
 恐怖に固まったおばさんは脂汗を流すばかりで声を上げられず、ただ青年の暗く陰った瞳を見る事しか出来ない。青年は据えた瞳で見下し、
 「・・・二人はどこだ」
 冷酷に告げた。見知った青年の豹変ぶりに、小さく震えだし「・・・・・」おばさんは首を横にふるい続ける。隠しているのか、本当に知らないのか、どちらにしても宿主が頑なに口を開かないことに顔をしかめるファースだった。あごを掴んでいる手に力が入っていく。
 「死にたくなかったら言え」
 苛立ちが募り、瞳に赤い光が宿ったとき、誰かが二階からドタドタと階段を軋ませ下りてくる気配を感じた。音の感じから一人であることがわかる。
 「おばさん、いったいどうしたんですか!」

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