《MUMEI》
旦那様の欠片
車から降りると、忍は無言で歩き始めた。


俺は、その背中を見ながら歩いた。


忍が足を止めたのは


ある、大きな花壇の前だった。


(ここは…)


「ここには、以前離れがあった」


忍は、新人メイドに説明するような口調で、俺に話しかけた。


(やっぱり…)


ここは、俺が住んでいた場所だった。


(泣いちゃ、駄目だ…)


溢れそうになる涙を、俺は何とか堪えていた。


「あれは余計だな」


忍は、花壇に植えてある苗のうちの一つを指差した。


花は詳しくない俺は、それが何の苗かわからなかった。


「取ってこい」


忍は俺に小さなスコップを渡した。


(掘って、取ればいいんだよな?)


俺は頷き、スコップを持って花壇に入った。


そして、苗と、その周辺を掘った。


「…っ…」


土と共に出てきた小さな白い物体。


『これだけが、自慢かな』


昔、也祐が笑った時に見えた、物。


それは、唯一。


也祐が、自分の中で綺麗だと自慢した


生まれてから一度も虫歯になった事の無い


汚れない、八重歯だった。


…もう、俺は涙を止められ無かった。

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