《MUMEI》 最後の一日「か、鍵を出せ。」 学校に出刃包丁だなんて、後にも先にも今日だけだ。 「……俺の家は鍵は持たせないけど。」 動じる訳でも無く、神部は冷静に応対した。 「えーと、じゃあ今日泊まらせて?」 「それじゃあただのお願いだ。出刃包丁の意味は?」 先輩なのに、完璧に見下されている……! 「家庭科の授業用。」 諦めて包丁を仕舞う。 「滑稽だな、明日にはもう兄さんは北条の人間なんだから。」 そう、明日には七生は旅立ってしまう……。 「……神部、瞳子さんのことごめんね。先に謝っておく、七生こと諦めない。」 「狂ってますね。」 吐き捨てるように言った。 「引きずるような自己犠牲のままは嫌だ。 誰を傷付けたとしても、七生を愛してた事実は消したくない……家とか、規律とか、そんなものにはもう振り回されたくない! あの馬鹿に、俺と居たことは一生ものだって思い知らせてやる。」 力を入れてしまって、つい包丁を振り上げていた。 本当、狂ってる。 「……家の裏口の横の植え込みの塀。午前2時なら多分、入れる。」 「実は神部って、男らしいよね。」 「はあ?!」 「だって俺を家に入れることは、相当なリスクを負うことになるじゃないか。」 「あんたが、バレなければ」 神部ってハードボイルド。 ボスだ。 それも裕●郎さんばりのかっこよさ、この人になら背中を預けられるような! 「……かっこいい。」 「はあああ?!」 包丁持っている俺より、恐ろしい形相だ。 「いや、ありがとう。」 「わかったなら、その物騒なもの下げた方がいい。」 足音が聞こえて、慌てて包丁を下げた。 部室で、神部が一人の時を狙ってはいたが、万が一見られたら北条家に忍び込むことが出来なくなる。 前へ |次へ |
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