《MUMEI》
・・・・
 風が心地よくそよぎ、地に咲いた花たちが揺れる。王都を眺めることが出来る小高い丘にぽつんと立つ木の傍で、黒い霧に身を隠していたエリザは霧を解いた。
 その美しい少女は何を思うのか。
 その曇りない瞳に何を映しているのか。
 流れる髪を撫でつけながら彼女は自分を弾き出した故郷を眺める。そこには王都をまるまる囲み、近づけば見上げるほどもある高い壁がそびえていた。
 あれがどれほどの人を守っているのだろうか。
 外敵を抑止するためにあるが、内で仲間を殺していれば世話がない。あんなものは必要なかった、必要なものはその身と心だけでよかったのだ。
 何の代価もなしに作り上げられたわけではない、いまのこの平和は自分たちという代価のもとに成り立っている。それなのにそれを知らず、知ろうとせず無償であるものだと思い込んでいる。
 誰も知らなければ、それは無と同じこと。わたくしたちの犠牲は何のためにあったというの。そもそもなぜわたくしたちでなくてはならなかったの。
 謂われもない、しかし終わりを無理やりに迎えさせられた。怒りを感じないわけがなかった。
 「だからわたくしたちはこうして死の淵より舞い戻って来たの。
ええ、わかっているわ。だからわたくしに、兄さまを倒す勇気を与えて。そうでなければわたくしには・・・」

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