《MUMEI》
・・・・
 最愛の人との離別。それを口にしたとき身が裂かれる思いをエリザは味わった。あの言葉は堪えに堪えた末に出たやっとの嘘だった。殺したくなどない、出来れば殺さずして退けたいと願う。しかしカイルはそのようなことを許す人間でないことは彼女自身がよく知っていた。
 真面目で、どんなことにでも自分を律し応えてみせる。きっと騎士職に殉じそれを全うすることだろう。
 エリザを見逃すことはない。そうなれば殺す他、手段は残されていない。
 それでも、あのときの彼女にそれを実行する覚悟はなかった。だからこうして時間を設け、心の整理をつけている。
 彼女たちの意思により迷いを濁し、隠すことで乗り切ることしか出来ない。

 ――わたしたちと約束したわよね、仇を討つ、復讐するって。その約束必ず果たして。

 ――あなたならこの苦難をきっと越えることができる、だから頑張るのよ。

 ――契約は絶対でなくてはならない。それを遵守しなければあなたは許されない。だから殺しなさい。そうすれば契約は守られる。

 頭に響くその声を聴いているだけで麻痺してゆく。そうすれば悩みも、迷いも消えてくれるとエリザは信じている。
 数百人の意思の前では、自分一人の意思などちっぽけなものでしかない。言い聞かせる、だから私情を捨て、みんなのために捧げなくてはならないと思い続ける。
 「そう、そうよ。これはわたくしたちが交わした約束、守らなければならない尊いもの。だから・・・そのために兄さまには死んでもらわなければならない。わかっているわ」

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