《MUMEI》

静まり返る中、突然、武人はヒラリと馬から降り立つ。

馬の傍らに立ち、ぐるりと周りを見渡して、最後に幼子を見つめると、唇を歪ませ、満足そうに笑う。

「俺に着いて来い。悪いことはしない。俺は、お前を匿おう」

幼子はやはり答えなかった。大きな瞳に、武人の不敵な笑みが浮かぶ。

武人は瞳にうつった己の姿を見つめ返しながら、幼子へ近づいた。

「その魔力を以って、我が国に仕えよ」

目前までやって来ても、幼子は動かなかった。逃げようともしない。

小さな子供に似つかわしくない、その度胸に、武人は関心し、そして、頼もしく思った。

武人は幼子の視線に合わせるように腰を屈め、右手を己の胸元に添える。

そうして恭しい口調で、続けた。

「俺は、美濃国が当主、斎藤山城守道三。近隣大名共は、蝮と呼んでいる」

幼子は、まっすぐその武人を見つめ返した。

彼−−道三と名乗ったその武人は、ニヤリと笑い、呟いた。

「歓迎しよう、我らの守り神よ…」

幼子は、やはりなにも言わず、
最後に一度だけ、瞬いた−−−。



******



−−−美濃国で、『鬼』の末裔が《蝮入道》道三の手中におさめられた頃、

隣国、尾張では、
元気な産声が、上がっていた。

その男児の赤子は、幼名を『吉法師』と名付けられ、後に、《尾張のうつけ者》や《傾奇者》と呼ばれるようになる………。

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