《MUMEI》

 「いつにも増して顔がシケてるぞ。クラウス」
屋敷へと帰り付き、ジゼルを部屋にて寝かしつけた後
気分転換にと中庭へ出たクラウス
何をするでもなく立ち尽くすばかりのクラウスに
背後からの声
そちらへと向いて直れば、剪定鋏を振りまわし、庭木を切っているアルベルトで
脚立から飛んで降りるとクラウスの傍らへ
「何か、あったのか?」
複雑な顔ばかりするクラウスへ
話位なら聞いてやる、と芝生の上へと腰を下ろし
取り敢えずクラウスもその横へと座る事をする
だがアルベルトの言葉に返す事はせず庭を見回しながら
「草木の機嫌は今日はいいのか?」
随分と進んだ様子の剪定のソレにそう問うてやれば
アルベルトは暫くの間の後、溜息をつきながら首を横へと振っていた
「相変わらずどころか益々機嫌が悪くてな。本っ当困るわ」
余程腹を立てているのか
剪定鋏を乱雑に芝生へと突き刺して
困った風を通り越し怒り混じりにアルベルトはぼやく
「一体どうなってんのかねぇ。お前、知ってる?」
「……知っているなら、お前の言う様なシケた面なんてしていない」
「ま、それもそうか。所でお嬢は?」
常日頃傍らにあるジゼルの姿が、この時にはない事に首を傾げてくるアルベルト
クラウスは屋敷へと視線を向けながら、部屋で寝ているとだけ返した
「何か、あったのか?」
「別に、何も」
「その割に機嫌悪そうじゃねぇの」
「まぁ俺にも考える事は多少なり在ってな」
「何だよ、それ」
はっきりしない言い回しにアルベルトは苦笑いで
クラウスもまた苦く笑うと、溜息一つで立ち上がる
何所へ行くのか、との声を背に戴き
首だけを僅かに振り向かせながら
「水でも被って頭すっきりさせてくる」
それだけを言って返し、広い庭の片隅に湧く泉へ
服を脱ぐ事もせず水へと浸かれば漸く気持ちが落ち着いた
相当に気が昂っていたらしい事をその時になってクラウス自身自覚する
静けさの中に一人、暫く水の流れに身を委ねて
僅かばかりの安堵に胸を撫で下ろした
次の瞬間
屋敷の方からけたたましい爆音が鳴り響いてきた
木々に停まっていた鳥たちが一斉に飛んで逃げる様に
何事かとクラウスも慌てて自ら上がり屋敷へと身を翻す
「一体、何があった」
戻ってみれば中はひどい騒動で右往左往する使用人の一人を捕まえ、状況説明を強いた
「そ、それがよく分からないんです。何か突然屋敷が軋む音が聞こえ始めたと思ったらすぐ後にすごい音が鳴って……」
状況理解出来ていないのは周りも同様らしく
説明も途中に、クラウスはジゼルの元へと走り出していた
嫌な予感と、気配
戸をノックすることなく主の部屋へと飛び込む様に入れば
音の発生源はどうやら此処らしく、部屋は見事に木端に破壊されている
「あら、クラウス。お邪魔しているわよ」
砂埃舞う中見えた人影
段々と視界から埃が引いていき、相手の顔をはっきりと見る事が出来た
居たのは、ジキル
巨大な鎌を片手に、クラウスへと仇やカすぎる笑みを向けてくる
「ジキル。お前、一体何を……」
「あの方の、命令よ。貴方の大切なお嬢様、攫いにきたの」
楽し気な声振り下ろされた鎌の切っ先にあったのは
床に倒れ伏しているジゼル
見えたその様にクラウスは眼を見開き
何を言うより先にジキルへと脚を蹴って回す
ふわり軽い身のこなしでジキルはソレを避け、その隙にクラウスはジゼルの身を抱いて起こしていた
「お嬢様!」
名を呼んでやりながら身を揺すってやれば
手の平にヌルつく何かを感じ
見ればソレは鮮血
背中の皮膚が無残にも切り裂かれていた
「ジキル、お前……!」
「言った筈よ。全てはあの方の思うがままにって」
ジゼルの唇が嫌な笑みに歪む
不愉快なソレを向けられ
だがそれより先にクラウスは自身の上着を脱ぐと、ジゼルの背へと宛て、止血を施す
「……相も変わらず甘い事。魔に堕ちて相当不抜けたわね」
「……黙れ」
「あなたがヒトを見限った訳って何なのかしら?わざわざ化け物になり下がるなんて」
解らない、と嘲笑を向けられ
その声はひどく耳に障った
ジゼルを丁寧に床へと横たえると、クラウスは身を低く構え
素早くジキルへと脚を回す

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