《MUMEI》

しかし、道三は幼子の反応に気も留めず、いきなり言った。

「お前を俺の娘としよう。今までの山里での暮らしは忘れろ。新しい名前もやる。そうだな…美濃の国の姫だから、『濃』というのはどうだ?」

「良き名だろう?」と、ひとりでまくし立てた主に、
たまげたのは各務野だった。

「恐れ入りますが、お屋形様!お戯れも程々になされますよう…」

言いかけたのを、道三がギロッと各務野を睨みつけ、ピシャリと遮る。

「俺は濃と話をしているのだ」

その冷たい一瞥に、その声の低さに、各務野は背筋が凍った。思わず口をつぐむ。
道三は幼子にすぐに向き直り、続けた。

「よって、今日からお前はこの道三の末姫だ。斎藤の名に恥じぬよう、その各務野から色々と学ぶがいい」

いよいよ我慢出来なくなった各務野は、大きな声で、「お屋形様!」と主を呼んだ。

道三はその金切り声に、うるさそうな顔をした。

「なんだ、各務野」

「なんだ、ではございません。どこの浮浪児か分からぬこの稚児を、どうしてこの国の姫として迎え入れましょう?」

ひとしきり喚いてから、各務野は幼子をチラリと見遣り、ため息をつく。

「せめて、お伽話の『天女』であればわからなくもありませんのに…」

そうぼやいた各務野に、道三は「『天女』?」と繰り返し、
それから不敵に笑った。

「俺にとってその稚児は、『天女』などよりも価値がある」

平然と言い返した道三に、各務野は眉をひそめる。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫