《MUMEI》

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どういうことか、と尋ねる前に、

道三は喉の奥を、クックッと鳴らして不気味に笑う。

「…俺としたことが、迂闊だった。これを見つけたあの山里が、《鬼の棲み家》であったことを、すっかり忘れていた」

独り言のように呟いた、その声がよく聞き取れず、各務野は首を傾げた。

「今、なんと?」

道三はフンと鼻を鳴らして、「分からぬか?」と笑い、目の前に座る童女を差しながら、
高らかに言い放った。

「濃は『鬼』の子…時を渡りし童女だと、言っているのだ」

各務野は愕然とした。よもや信じられなかった。
慌てて傍に控える童女を見遣る。彼女はやはり身じろぎせず、道三の方を見つめていた。


…この子供が、『鬼』?


言葉が出て来なかった。
道三が言うところによれば、この幼子は時を行き来することが出来るというのだ。
呆然とする各務野に、道三は言う。

「濃が居れば、適当な予見をする、胡散臭い占い師など、城に置いておく必要もない」

そこまで言って、ニヤリと笑う。

「『鬼』はその目で、確かな先の世を見ることが出来るのだからな」

各務野は、なにも答えられなかった。
凄まじい笑みを浮かべた、己の主の姿を、ただ、見つめ返すことしか、出来なかった。

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