《MUMEI》
黄泉よりの使者
.

そんなある日。


いつものように、濃の部屋で各務野が読み物を読み聞かせていると、

開け放たれていた戸の向こう側に、ヒラヒラと漂う、一羽の蝶を見つけた。

濃はそれが気になるのか、勉学に集中せず、その蝶の動きをじっと見つめていた。

各務野は書物を読み上げるのを止め、濃と同じようにその蝶を見た。

蝶は宛てもなく、ただ悠々と庭を飛んでいる。

時折そよぐ、風に身を任せながら、ヒラヒラ、ヒラヒラと、その美しい羽を懸命に動かしている。

それを眺めながら、
各務野が呟いた。

「…揚羽蝶ですね」

もう、そんな季節になったのか、とひとりで感傷に浸っていると、

突然、

ずっと黙りこくっていた濃が、

口を開いた。


「…きれい」


各務野は、驚いた。なんせ、濃が初めて言葉を話したから。

当の濃は各務野には気も留めず、一心にその蝶を目で追っている。

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