《MUMEI》

息を呑み、各務野は「そうですね…」と、精一杯答えた。

「蝶は、《黄泉よりの使者》と呼ばれています。そう言うと、不吉な感じがするかもしれませんが、蝶はこの世を去った方に、わたし達の想いを伝えてくれると謂れているのですよ」

幼い頃に聞いた伝承を口にすると、
濃はゆっくり振り返った。

漆黒を思わせるような彼女の双眸が、

悲しみで滲む。

各務野は、その瞳の色に魅入られて、口をつぐむ。濃は各務野を見つめたまま、呟いた。

「…この世を去った方に?」

弱々しいその抑揚に、
各務野は頷き返すのがやっとだった。

濃はそれを確認すると、再び、蝶を見つめた。

しばらく間を置いて、

彼女は「では…」と、言った。

「亡くなったわたしの父や母にも、わたしの気持ちは伝わるのでしょうか?」

思いがけず続けられた台詞に、各務野は胸をつかれた。

濃が、野蛮な賊共の手によって両親や仲間を殺されたことは、道三から前以て聞いていた。
しかし、それについて彼女がなにか口にすることは無かったので、今、こうやって呟いたことで、彼女がいまだ、自身の一族を皆殺しにされたことを、悲観しているなど、考えもしなかったのだった。

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