《MUMEI》

豊太丸は濃から目を逸らし、各務野を見つめ返す。

「特に用はない。ただ、最近姿を見ないと思ってな。ここに入り浸っていたのか」

豊太丸は平然と答えると、各務野が手にしている書物を見つけ、なにかに気づいたような顔をする。

「読み聞かせていたのか?」

ひとりで呟き、それから濃の顔を見る。

「そなた、確か、父上が拾ってきた山里の娘であったな?」

尋ねられた濃は、一度瞬き、「左様です」と小さな声で答えた。豊太丸は彼女の返事に頷いて、続けた。

「読み書きが出来ぬのか?」

その問いには、各務野が答えた。

「今、わたくしが指南させて頂いているのです。この濃姫は、飲み込みが早く、本当に賢くいらっしゃいますよ」

すると、豊太丸は少し考えるような顔をして、再び濃の顔を見つめたかと思うと、

びっくりするようなことを言った。

「俺も、そなたに付き合おう。直々に手ほどきをしてやる」

呆気に取られた各務野をよそに、豊太丸はズカズカと二人のもとへ歩み寄ると、
濃の隣に、どかりと座った。

彼は各務野から書物を奪い取ると、それをいきなり読み上げ始めた。

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