《MUMEI》
・・・・
 「やっぱり兄さまのお相手はあの子たちには荷が重すぎたみたいですね。ですから、今度はわたくしの一番の友人をお呼びします」
 仕切り直しとばかりにぱちんと手のひらを合わせる。乾いた音が鳴ったかと思えば、それを合図に魔力は燃え上がり、人智の及ばぬ奇跡というものを具現した。
 宙に浮かぶようにして出現した二つの魔法陣、その中心よりあめあられと水弾が黒髪の騎士へと襲いかかる。
 魔力探知に乏しいカイルは初動が遅れてしまい、飛び退ったものの降り注ぐ水弾を躱しきることができなかった。岩をも砕く水弾はカイルの右足を撃ち抜く。
 地面に這いつくばり、カイルは苦悶の表情を浮かべ痛みを堪えた。
 これは無詠唱魔法のほかない。
 足止めしている間にエリザは新たに魔力を燃やし、次なる召喚に入っていた。
 それはこの場に相応しくない。唄でも歌うかの様に、澄みきった声が戦場に響いた。
 「その身を包むは鋼を超越した甲。見た者は何人であろうと生き延びる事叶わず。深淵へと呑まれこの世を去る」
 すらすらと紡がれ、浅紫色の光の筋が走っていく。光は円を描き、さらに契約の文字が刻まれ門は繋がれた。
 「我が呼び掛けに応え、姿を現わせ――アーヴァンク」
 魔法陣の浅紫は強く瞬き転回、円は拡大され、門は開かれた。
 魔法陣より現われたのは庭に立つ樹木よりも高い生物だった。硬い鱗に長く厚い尾を引きずり、どんなものであろうと噛み砕く顎に、刃物のような牙を持っている。
 生物はその縦長な瞳を眼下で跪くようにしているカイルに向け、器用に人間の言語を口にした。
 「どうしたというのだエリザ、この私を呼ぶとはお前らしくないではないか。あのような男、お前がその気になればすぐにでも息の根を止められるだろう」
 召喚に応じたものの呼ばれたことに不満のあるアーヴァンクは低く唸る。己の認めた女がこのような男に手を焼いていることに納得がいかないようだった。

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