《MUMEI》

彼は少し考え込むように唸ってから、「そういえば…」となにかを思い付いたように顔をあげた。

「お前の名前を、聞いていなかったな」

彼の台詞に、わたしは瞬き、
それから小さな声で言った。

「…美濃国当主・斎藤山城守道三が娘、濃にございます」

以前、各務野から習った通りの口上を述べると、
《キッポウシ》は、思い切り眉をひそめた。

「今、『濃』、と申したか?」

尋ねられ、わたしが素直に頷くと、彼は大笑いした。

「抜かせッ!美濃国の『濃姫』は、お前のような童女ではないわ!『蝮入道』の娘は、今、齢18と聞いている!」

すっかり、冗談だと受け取った彼は高らかに笑いこけていた。
わたしがなんと返せばいいのか戸惑っていると、彼はピタリと笑うのを止め、真剣な顔をして、言った。

「冗談は後にしろ。今はお前の名を聞いているのだ」

わたしは本当に困った。
父上、道三より賜った『濃』という名以外、わたしには無かった。

かつて、あの山里で実の両親に、わたしはなんと呼ばれていたのか。
それも、今となっては、覚えていない…。

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