《MUMEI》

聞き間違いでなければ、この、目の前にいる乙女は、自分の名を呟いたのだ。

「今、なにを…」

言ったのか、と各務野が尋ねる前に、
乙女の、その唇が弓なりに歪んだ。
その凄まじさに、各務野は怯む。
乙女は、表情を崩さず、答えた。

「わたしの名は、『帰蝶』」

…キチョウ?

聞いたことのない名だった。

呆気に取られている各務野を嘲笑うかのように、乙女は豪奢な刺繍が施された打掛を翻した。闇の中で、その裾が淡く閃く。
彼女は肩越しに振り返ると、微かに呟いた。

「覚えておくと良いでしょう。いずれ、分かること」

各務野は答えることも出来ずに、そこに立ち尽くした。乙女はそのままの姿勢で続ける。

「…蝮殿に、豊太丸様を蔑ろにせぬよう、忠告いたせ。後々、取り返しのつかないことになりましょう」

その台詞に、各務野は大きく目を見開く。

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