《MUMEI》

困惑顔の各務野をよそに、
乙女は、去り際に、言った。

「…濃姫にお伝えください。今は会えなくとも、吉法師様には必ず巡り会える…と」

各務野はまた眉をひそめた。

なぜ、濃のことまで知っているのだろう。

近隣諸国には、まだ、濃の存在を公表していない。

…美濃国内部の者か!

各務野は、そう考えついたが、すでに遅く、
謎の言葉を呟くと、乙女は夜の闇の中へ、ユラリと姿を消した。

我に返った各務野は、慌てて縁側から飛び降り、庭を探したが、乙女の姿は見つけられなかった。

…あれは、一体。

それからハッと思い出す。濃が消えてしまったことを。
急いで縁側にのぼり、濃の閨に戻ると、
各務野はまたしても驚愕した。

さっきまで、忽然と姿を消していた濃が、すでに褥の中で、安らかに眠っていたからだ。
まるでなにも、無かったかのように。

その愛くるしい寝顔を眺めながら、
各務野は、先程の帰蝶と名乗った乙女の言葉を思い出していた。

『吉法師様には必ず巡り会える』

《キッポウシ》という名も、各務野は聞き覚えが無かった。

…どういうことでしょう?

各務野の戸惑いをよそに、
美濃国の夜は更けていった…。



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