《MUMEI》
3
 翌日はひどく雨が降った
外を歩く事も出来ない程の豪雨に見舞われ
クラウスは出掛ける事も叶わず、自室からその様を眺め見ていた
「クラウス、居るか?」
暫く後に、戸を叩く音
聞こえる声はアルベルトのソレで
暇つぶしにと開いていた本を閉じテーブルへと置くと
腰を降ろしていた椅子から立ち上がり戸を開いてやる
「珍しく暇そうだな。アルベルト」
「雨だからな」
「それで?何か用か?」
「あら、何か冷たい言い方ね。たまには友人同士世間話に花咲かすのもいーでしょ」
顔は笑いながらも声に普段通りの明るさはなく
クラウスはため息を微かにつくとアルベルトを中へと招き入れていた
茶を淹れ、それを手渡してやりながら
「何か、あったか?」
自身を訪ねてきた本当の目的を問うてみる
暫くアルベルトは無言で
だが、話す事を始める
「……小耳にはさんだ話なんだがな。人界に、ジゼルの花が大量に咲き始めたらしい」
「ジゼルの花が?」
「そうらしいぞ。でな、普通ジゼルは白い花を咲かす。けどな……」
「咲いていた花は普通じゃなかった、と?」
普段のアルベルトらしくない、歯切れの悪さに先を言ってやれば
その通り、と頷きが返ってきた
「……真っ赤だったらしいぞ」
聞かされたソレにクラウスの表情が微かに強張る
アルベルトも困った風に笑いながら、髪を手荒く掻き乱すばかりだ
「下に、降りてみるか」
「は?」
「少し気になる事があるんでな。付き合え」
唐突なソレに、だがアルベルトは有無を言わさず
クラウスの襟首を掴むと、そのまま引きずるように歩いて行く
長すぎる廊下を歩いている途中
その二人の前へジゼルが現れた
「お嬢様?」
何処かへ出掛けるのか、と問いかけて
その腕に抱かれている何かにクラウスは気が付いた
「……これ、持って行って」
手渡されたソレは剣
クラウスとアルベルトに各々一本ずつ手渡してくる
「お嬢、これ一体何の用意?」
「……人界に降りるんでしょ?それ、持っていきなさい」
下は物騒だから、と二人の身を案じるジゼルへ
見ればその身体は小刻みに震えていて
支えてやるかの様にその身をクラウスは抱いていた
「どう、しました?」
背を叩いてやりながら答えを促してやれば
「……あの、本の通りになっていく」
「お嬢様?」
「クラウス、アルベルト。気をつけなさい、嫌な予感がするの」
だがそれ以上詳しくは語らず
行け、と出立を促され二人はそこを後に
「お嬢の奴、様子が変じゃなかったか?」
暫く無言で歩き、そしてアルベルトが徐に話す事を始める
ソレに同意し頷くクラウスへ
「で?お嬢の言ってた(本)って何よ?」
ジゼルの言葉に引っ掛かりを感じたらしく問う事をするアルベルト
クラウスもそれは同様で
その物語の大凡を思い出してみた
魔王がとても大切にしていた花
その花を全て人の世に奪われてしまった魔王は
その事に悲観し、自ら命を絶ってしまった、と
クラウスはすぐさま踵を返すと来た道を戻りジゼルの元へ
若干息を切らし戻ってきたクラウス
ジゼルはどうしたのかと小首を傾げていた
「どうか、した?」
普段通り、感情の薄い声
その彼女の腕をいきなりに引くと、小さな身体を抱いて返す
「クラウス?」
「……私が、お守り致します。なにが、あっても」
耳元で程良い低音を呟いてやれば
クラウスが何に気付き、わざわざ戻ってきたのかをジゼルは察する
クラウスの身体を抱いて返しながら
「……信じてる」
頬へ唇が触れてきた
その温もりに僅かに笑んで返し、クラウスは改めて出掛けて行く
戻ってみればどうやら待っていたらしいアルベルトが訝し気な顔で
だが何を話してやる事も今はせず
「行くぞ」
その一言で二人は人界へと降りていった……

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