《MUMEI》

 『死ね……。死んでしまえ。お前たちなんか!!』
夢の中、酷く残酷な言葉を戴いた
『この杜に蝶々は、要らない。必要ないのだから』
広く、だが何も無い
其処に大量に群れをなす何か
その何かをよくよく見てみれば
ソレは大量の蜘蛛の群れ
黒く蠢くその群れの中心には
二羽の、蝶々の姿
片羽根をもがれ、惨めにばたついている様が見えた
『……邪魔、邪魔だ。殺してしまえ、殺せ!』
ソレは一体誰の叫びか
はっきりとその姿を見る前に、意識は朝の陽に現実へと引き戻されていた
「……胸糞悪ィ」
当然最悪な寝起きに、その男・深沢 望は寝ぐせづいた自身の前髪を手ぐしで更に乱して
不愉快極まりない夢
全身に、嫌な汗が滲む
「望、起きたか?」
暫くベッドの上にそのままで呆けていると
寝室向かいの台所から少年が一人顔を覗かせた
料理の最中だったのか、その左手には煙立つフライパンが握られていた
そのフライパンを手近なテーブルへと直に置くと、その手が深沢の額へ
「顔色、悪いぞ?具合、悪いか?」
「……別に、何でもねぇよ。それより」
わざと此処で言葉を区切り、深沢は徐にフライパンの中を覗き見る
黒い煙を立ち昇らせるそれを指差しながら
「その焦げくさいもん一体何だよ?もしかせんでも、俺の飯か?」
一番の可能性を言ってみれば、少年は素直に頷く事をした
「今日は俺特製のフレンチトースト。もうすぐ出来るから」
「フレンチトースト?」
真黒に焦げて見えるソレに、思い切り疑問符が後に付く
だが少年はソレを気にするでもなくそのまま料理を続け
焦げ臭いまま造り上げたソレを皿へと盛りつけた
相変わらずな料理の腕に深沢は苦笑を浮かべ
だが何を言ってもどうしようもないと解っているが故にそのまま食べ始める
黙々と食べ進める深沢、その額へ
不意に、少年・滝川の手が触れてきた
「……どうした?」
食べる手を一旦止め、どうしたのかを改めて問えば
「熱は、ないな。大丈夫」
まるで子供にしてやる様なソレに
深沢は微かに肩を揺らすと滝川の手を取り、自らの頬へと触れさせていた
「望?」
唯、何の意味があるわけでもなく
触れてくれる手がすぐ傍にある事を確認したかった
変な夢を見てしまったせいだ、と自分自身の弱さに言い訳をしながら
「どした?望。具合、悪いのか?」
様子のおかしい深沢へ
滝川は不安気に顔をのぞかせる
その滝川の身体を抱いてやり、深沢は滝川の肩へと顔をうずめた
「……何でも、ねぇよ」
弱くありながらも虚勢を張る深沢
相変わらずなソレに、だが滝川は僅かに笑みを浮かべると深沢へと口付けてやりながら
「恐い夢、見たんだな。大丈夫、だって。俺は何処にも行かないから」
約束するから、との言葉を深沢へ
たったそれだけのことで、胸の内が僅かばかり軽くなる
「それより望」
「あ?」
暫くの後、唐突に会話の雰囲気が変わり
何事かを深沢が問うてみれば
いきなり車の鍵が目の前に突き付けられた
「折角天気もいいし、どっか連れてけ」
暇だ、との訴え
暫くの間、騒ぐ滝川を放置していた深沢だったが
余りに騒ぐので結局は根負けしてしまう深沢だ
鍵を寄越せ、と滝川へと手を差し出せば
現金な事で満面の笑みを浮かべながら滝川は鍵を深沢へと放る
「で?どっか行きたいトコあんのか?」
ソレを受け取りながら尋ねてみれば
だが中々返答はなく
暫く悩んだ後
「目的地なんて後で決めればいいだろ。兎に角、出発!」
結局決まらなかった様で
深沢の腕をとると、取り敢えず車を出すよう促してきた
「……お前、目的もなく何しようってんだよ?」
「そんなもん後付けで充分だろ。ほら、望!」
さっさと出せ、との声に深沢は溜息混じりに車を走らせ始める
流れて見える景色、微々たる変化しかなく単調にしかみえないソレを
滝川は常に楽しげに眺め見る
一体、何がそんなに楽しいのか
深沢にはいまいち理解出来なかった
「……楽しそうだな、奏」
急ブレーキで車を路肩に寄せると、深沢は滝川の顔を覗き込む
楽しそうだと改めて指摘してやれば

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