《MUMEI》 秘密各務野から報告を聞いた道三は、難しい顔をしていた。 目の前で床に額をつけている各務野を見遣り、道三は「面をあげよ」と命じた。彼女は恐る恐る顔をあげて、主を見つめる。 道三は深いため息をついて、呟いた。 「その、『帰蝶』とか言う女が、豊太丸が云々と申したのか?」 各務野は消え入りそうな声で、「はい…」と頷いた。 「後で、『取り返しのつかないことになる』と、そうお屋形様にお伝えするように、申しておりました…」 各務野の話を聞き、道三はまたため息をついた。脇息にもたれ掛かり、ゆっくり額に手をあてる。 そのまま天井をしばらく眺めていたかと思うと、道三は不意に、言った。 「そちは、豊太丸の生まれを知っているか?」 その曖昧な言い方がよく理解できず、各務野は眉をひそめ、「…と、おっしゃいますと?」と先を促す。 道三は二、三度瞬き、それから各務野を見つめた。真剣な眼差しだった。 その瞳の強さに怯えて、各務野は居住まいを正した。 道三は頃合いを見計らうようにして、ゆっくりと語り出す。 「豊太丸は、俺の子ではない。あれは、土岐頼芸の堕とし胤なのだ」 各務野は愕然とした。 土岐頼芸といえば、かつて、この美濃国を統べていた土岐氏の統領。 そして、斎藤道三の主だった。 前へ |次へ |
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