《MUMEI》

驚いた口ぶりだった。各務野が、「ご存知なのですか?」と尋ねると、道三は気難しい顔をした。

「《キッポウシ》とは、尾張大名、織田信秀の三男坊の幼名だ」

予想外の返事に各務野は目を剥いた。

「土岐氏を擁護している、織田の、でございますか?」

念を押して尋ねると、道三は深々と頷いた。

「そういった話を聞いた。だが、吉法師は確かまだ乳飲み子の筈…ちょうど濃を連れ戻った頃、生まれたと聞いていたが…『再び巡り会える』とは、一体…」

そこまで言って、しばらく考えるようにしたあと、不意に道三は顔をあげた。

そして、小さく呟いたのだ。

「…時を渡ったか」

各務野が眉をひそめたのと同時に、道三の鋭い声が飛んできた。

「濃に、帰蝶の話を言伝よ。あいつに聞いた方が早い」

真意が読めず、各務野が狼狽していると、道三はまた、不敵に笑った。

「天下を手に入れる道が、開けたかもしれぬからな」

曖昧な主の言葉に、各務野の戸惑いは増すばかりだった。



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