《MUMEI》 《キッポウシ》と《キチョウ》各務野は道三に奏上を終えたその日も、いつものように、豊太丸とともに、濃に読み書きを教えていた。 真剣な眼差しで書物を読み耽る濃を見つめ、先程の道三の言葉を思い出していた。 −−−…帰蝶の話を言伝てよ。 −−−…あいつに聞いた方が早い。 −−−…天下を手に入れる道が開けたかもしれぬからな。 その話のどれをとっても、各務野には理解出来ないことばかりだった。 神妙な顔をしている各務野に、先に気づいたのは、豊太丸だった。 「どうした?顔色が優れぬが」 凜としたその声にハッとして顔をあげると、幼い豊太丸と濃がこちらを不思議そうに見つめていた。 各務野は曖昧に笑い、「なんでもございませんよ」と柔らかい声で濁したのだが、豊太丸は首を振った。 「いや、おかしい。さっきから濃のことばかり見つめているではないか」 その言葉にドキリとする。 各務野は戸惑いながら、濃の顔を見つめた。 濃はキョトンとした表情を各務野に向けている。 「わたしになにか?粗相でもしましたか?」 澄んだ声で尋ねられ、各務野はより一層言い出しにくくなった。 …しかし、これも機会かもしれない。 今、言わねば、この先その機会に巡り会えないような気がした。 前へ |次へ |
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