《MUMEI》

各務野は表情を引き締めて居住まいを正し、濃に向き合った。ただならぬ雰囲気を察したのか、濃もきちんと各務野に向かい合う。

二人の微かな衣擦れの音のあと、
各務野が固い声で、言った。

「昨夜、不思議な乙女がわたしの前に姿を現しました。彼女から姫様に、言伝を仕ったのです」

濃は首を傾げた。その拍子に柔らかな黒髪がサラリと揺れた。濃は小さな声で、「言伝?」と繰り返す。

各務野は深く頷いた。

「…その乙女は、『今は会えなくとも、吉法師様といずれ巡り会える』と、そう伝えよと申されました」

そこまで言うと、
濃は目を大きく見開いた。

そして、意外そうな声で呟いた。


「各務野も、キッポウシを知っているの?」


濃の問い掛けに、各務野は驚き、確信した。

…やはり、姫様はいずこかで吉法師とやらに会ったことがあるのだ。

まっすぐ見つめてくる濃に、各務野は首を横に振る。

「いいえ、でも、姫様はご存知なのですね?」

逆に問い返すと、濃はコクンと頷いた。各務野はすかさず、「どのような方なのですか?」と重ねて聞いた。
濃は数回瞬いて、答える。

「…変わったひと。でも、優しいひと。たくさんお話をしてくれました」

彼女の答えは曖昧で、その吉法師が尾張大名の次男のことを言っているのか、各務野にはよく分からなかった。

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