《MUMEI》

豊太丸様はこちらを振り返り、続ける。

「こういう日は、外で走り回ると気持ちいい」

その台詞にも、わたしは黙って頷いた。

美濃では、外で遊ぶのは各務野に止められていた。彼女によれば、それは『姫君』という立場の者にとって、はしたない行為だという事だった。

…けれど、

吉法師と会う時は、ほとんど外であったから、わたしは野に咲く花々や、流れゆく川をよく眺めていた。
吉法師といえば、じっとしていられない性分であるのか、外ではいつも、仲間達と共に、遊びまわっていた。

そんな無邪気な彼をただ見つめるのも、わたしは好きだった。

わたしは瞬いて、呟いた。

「吉法師も、晴れた日には、よく遊びまわっていました」

わたしの台詞に、豊太丸様は少し嫌そうな顔をした。あからさまにため息をついて、不機嫌そうにぼやく。

「また、《キッポウシ》か…」

それから豊太丸様は、縁側の外に広がる庭へ視線を流し、独り言のように呟く。

「まだ《キッポウシ》の夢を見るのか?」

わたしは数回瞬いて、「いいえ」と答える。

「近頃は、全く。眠りについても、彼は現れなくなりました」

そう答えながら、わたしはどこか寂しい気持ちになった。

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