《MUMEI》

新九郎はその場から縁側の方を見つめ、
何気ない様子で、呟いた。

「『あの日』もこうして、そなたと空を眺めていたな…」

突然の台詞に、濃は眉をひそめた。

『あの日』

それは、一体いつのことだろうか。

見当が付かず、尋ね返そうとした折に、
新九郎がゆっくり、濃へ振り返って、
先に口を開いた。

「…俺が、言いかけた言葉を覚えているか?」

濃は、瞬く。

言いかけた、言葉。

考える内に、ひとつだけ、思い出す。

それはまだ、二人が幼かった頃。
新九郎…当時はまだ豊太丸であった彼と二人きりで、この部屋にいた時。

彼が、濃に向けて、呟いた言葉。

『俺が、元服したら、一人前と認められたら…』

そこまで言った時、突然、各務野が戻ってきたことで、その言葉の続きが聞けなかった。

…あの時のこと?

考えあぐねて、濃が答えられずにいると、新九郎はひとつため息をつき、
それから表情を引き締めて、

言い放った。


「そなたを、俺のもとに迎えよう…そう、言いたかったのだ」


兄の台詞に、濃は目を大きく見開いた。

『迎える』

それはつまり、妻として、という意味だ。

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