《MUMEI》

濃は伏し目がちになり、答えた。

「それとこれとは話が別です」

たしなめたものの、新九郎は聞き入れようとしなかった。彼は真剣な眼差しを濃に向け、言った。

「そなたは女だ。しかも、美濃の蝮の娘だ。時が来れば、近隣の大名のもとへ嫁ぐことになり、この国に残ることは出来ない」

濃は答えなかった。確かにこの時世、女は近隣諸国との同盟や和睦の『道具』として、大名や武将のもとに嫁ぐのが常だった。
新九郎は意気込んで続ける。

「俺のもとへ来れば、そなたの想いは叶う。それをどうして、戯れなどと申すのか」

新九郎の言うことは、一理あった。
彼の妻になれば、濃は美濃を離れることなく生きてゆける…

…けれど。

濃は、もう一度瞬いた。
新九郎をじっと見つめ、呟く。


「わたしの行く末に関して、新九郎様が、気に病むことではございません」


濃の想いを叶えるために、わざわざ気違いじみたことを言い出したのだ、と濃は思い付いた。

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