《MUMEI》

新九郎は肩から手を離し、苦しげな顔をして、言った。

「幼き頃より、誰よりも一番近くでそなたを見てきた。俺にとって、女というものは、唯一そなただけだ」

濃はすっかり打ちひしがれた。
それは、新九郎の、まっすぐな想いに。
ひたむきな、情熱に。

−−−けれど、

なぜかその時、

脳裏に、あの吉法師の顔が浮かんだ。

今となってはもう懐かしい、幻影のような吉法師の姿を思うと、

自然と濃は、首を横に振っていた。


「わたしは、父上に拾われた身。そのような奏上はまず、父上のお許しをうけてからにして頂きますよう…」


突然、道三の事を口にすると、さすがに新九郎も怯んだようだった。それを見逃さなかった濃は、すかさずまくし立てる。

「わたしの全ては、父上の意のままに。よって、今ここで、わたしから新九郎様のお言葉に答えることはかないません」

最後に、「お引き取りください」と付け足すと、新九郎はその目に暗い影を落として俯いた。

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