《MUMEI》

それから低い声で、「相分かった」と呟いて顔をあげる。
まっすぐに濃を見つめるその双眸は、
強い光に満ちていた。

「この場は一旦、引き下がろう。急な話であったから、そなたも困惑しただろう」

濃はなにも答えなかった。ただまっすぐに、兄の姿を見つめていた。
あの、魅惑的な漆黒の双眸で。

新九郎は濃に触れたいという、激しい欲望を抑え、軽く息を吐くと、「だが…」と言葉を続けた。

「父上に奏上した後、俺は必ず、そなたを娶る」

そう断言すると、新九郎はゆっくり立ち上がり、部屋から出て言った。

濃は黙ってその後ろ姿を見送り、最後にひとつ、瞬いた。


…今まで、考えたことも無かった。


打ち明けられた、新九郎の密な想いだけでなく、

己が、いずれ、誰かに嫁ぐということさえ。


ずっとこのまま、穏やかに生きていけると思っていたのに…


ずいぶんと、夢見がちであったと、


濃は己を戒めた。



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