《MUMEI》
いち.紅茶と薔薇と
お湯は、沸かしたてのあついのを。
茶葉は、贅沢にたっぷりと。
ゆっくりお湯をそそいだら、茶葉が開ききるまで十分に待って。
ここで焦ったら、全部台無し。



ヤカンを火に掛けながら、頭の中で手順を何度も繰り返す。紅茶なんて、あんまり久々だから、酷い失敗をしそうで怖い。
だいたい、これはあなたの仕事だったから。

「「お前に任せるのは、あぶなっかしいからな。」」

湯気が、やわらかな螺旋を描く。ポットはないから、急須で代用。
大丈夫。あなたも、これを使ってらっしゃいましたもの。
お洒落なティーカップだって、もちろんないから、いつもの湯飲みを出す。

「「1セット、そろえたほうがいい。今度、持ってくるから。」」

いえいえ。
私は、これでいいのです。もちろん、本物の紅茶も飲んでみたいけれど、なんだか私にはこれが合っています。
それに、ほら、この湯飲みには、紅茶の染みができてしまいましたから。
紅茶専用の、湯飲みですから。
茶葉の缶を開けると、ふわり、優しい香りがする。ちょっと多めに。これがコツ。鋭く鳴いたヤカンから、慎重にお湯をそそぐ。
ああ、よい香り。

「「お前、これが一番好きだろ?」」

はい。
あなたは、本当にたくさんの紅茶をくださったけれど、これが一番優しい香り。そういえば、これが好きだと言ったら、あなた、こればかり・・・

「「べ、別に、俺もこれが好きなだけだ!」」

はいはい。
承知していますから。
十分に待ったら、そっと湯飲みにそそぎこむ。おや、少し早かった?

「「大丈夫だ。ほら、よそ見するなよ、火傷するぞ。」」
お茶菓子は、お隣さんにいただいたクッキーにしよう。よいお天気だから、縁側に出て。
一人きりのお茶会。

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